episode-1「ノーサイドの約束」

熊谷の冬に出会い、熊谷の夏に約束する。

女子ラグビー選手の焔と研修医の吟。

物語の舞台は
関東一の祇園
熊谷うちわ祭。

熊谷の街と恋が重なるボイスドラマ『ノーサイドの約束』

この物語は、このサイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種配信サービスでお聴きいただけます。また、「小説家になろう」でもテキスト版をご覧いただけます。

【ペルソナ】
・焔(ほむら:22歳=大学4年生/CV:田中ちえ美)=東京の大学で女子ラグビー部。熊谷在住
・吟(あきら:25歳/CV:廣庭渓斗)=熊谷出身。東京の病院で働く研修医。熊谷の学術総会で焔と知り合う

【関東一の祇園 熊谷うちわ祭】
http://uchiwamatsuri.com/

【シーン1/12月の朝】

■SE/熊谷駅新幹線ホーム構内のガヤ

「あぶない!」

12月の朝。
凍てつく熊谷駅。
新幹線ホームへ続く階段。

アタシの目の前にいきなり人が降ってきた。

体が本能的に動く。

避(よ)けるんじゃない。
むしろ落下してくる軌道へと迷わず飛び込む。
彼の身体を空中で抱き込むように受け止めると、そのまま後方へ回転。
倒れた彼に手を差し出す。

ふうっ。

よかったわ。
ローリングの練習しておいて。

「大丈夫ですか?」

抱き起こした彼に、声をかける。

「あ、はい。
ありがとうございます・・・」

よかった。
受け答えもしっかりしてるし、大丈夫そう。

「あの・・・」

「それじゃ」

「あなたは・・?」

「すみません、急いでいるので、また」

「あ・・」

そう言って、彼が落ちてきた階段と反対側のホームへ駆け上がる。

急いでいる、と言ったのは嘘じゃない。

アタシは焔(ほむら)。
東京の大学へ通う4年生。

今日は午前中から全国大会の予選があるんだ。
女子ラグビーの。

そう。
さっきのタックル、ってかローリングも、ラグビーをやってた恩恵ね。

アタシが12番線ホームへ上がると、
ちょうど「たにがわ」のドアが開くところだった。

最後に列車に乗り、閉まる扉を見つめていると・・

あ・・

さっきの彼が、息を切らしてホームへ上がってくる。
扉の前に立つアタシと目が合った。

なにか一生懸命喋ってる。
なに言ってるのかわかんないので、アタシは笑顔で小さく手を降った。
さらに近づこうとする彼を駅員さんが止める。
ふふ・・

一瞬しか見えなかったけど、25、6歳かな。
清潔そうなスーツにオシャレな眼鏡。
理系・・って感じ。

これが・・・
吟(あきら)との最初の出会いだった。

【シーン2/春の熊谷】

■SE/春の小鳥のさえずり(ヒバリ、メジロ、ウグイスなど)

冬から春へ。
季節は移り変わっていく。

あの日、漫画みたいな出会いをした彼、
研修医の吟(あきら)と、アタシはいま付き合っている。

吟はあれから、「熊谷/女子ラグビー」でSNSを必死に検索。
アタシの画像を見つけたらしい。

よくもまあ、ほとんど試合にも出ない、
控えのアタシを見つけたもんだ。

すぐにDMで連絡が入り、お礼がしたいというので
熊谷駅近くのカフェへ。

彼は吟と名乗り、東京・渋谷の臨床研修病院で働いていると言った。
実家は熊谷だけど、病院の寮に住んでいるそうだ。
ま、当然ね。研修医ってめっちゃ忙しいから。

アタシと出会った日は朝8時から熊谷で学術集会があったんだって。
そりゃ慌てるわ。

運動公園の梅が咲き始める頃、アタシは大学を卒業。
ラグビーは封印した。

デートは吟が実家に帰るタイミングで。
アタシたちは、いろんな熊谷を楽しんだ。

荒川沿い、熊谷桜堤(くまがや/さくらつつみ)のソメイヨシノ。
星溪園(せいけいえん)の茶室。
妻沼(めぬま)で、長〜いいなり寿司を食べ歩き。
夜フレンチを予約してたのに、お腹いっぱいになっちゃって(笑)
お聖天(しょうでん)さまでは、この縁を大切に、と願った。

【シーン3/初夏】

■SE/セミの声(ニイニイゼミ、アブラゼミ)

新緑の季節が終わると、いよいよ夏。

熊谷は暑い、って思ってる人多いみたいだけど、
実は、暑さ対策すっごいんだから。

なことは置いといて。
熊谷の夏、と言ったら、やっぱアレでしょ。

そ!なんてったって、うちわ祭!

関東一の祇園!
豪華絢爛な山車(だし)と屋台!

アタシがラグビー始めたのは、山車を曳きたかったから。
体力つけて、あの人波の中で、練り歩くのが夢なんだ。

吟は熊谷なのに、全然参加してこなかったみたい。

ダメじゃん。

いいよ。
今年はアタシと一緒に曳くからね!絶対!

【シーン4/うちわ祭前日】

■SE/夏の虫の声(夜のイメージ)

夏本番。

吟から連絡が入ったのは、うちわ祭の前日だった。

「焔、ごめん・・ずっと寄り添ってきた患者の容体が急変して・・」

「うん・・わかった・・うん・・しょうがないじゃん・・・」

って、そう言えるくらいには、アタシも大人になったつもり。

電話の向こうの吟の声は震えていた。
アタシの胸の奥が少しだけギュッとなる。
スクラムで押し込まれるより、ずっと息が苦しい。

いや、だめだ。
こんなことで落ちこんでちゃ。
明日はお囃子に負けないくらい大きな声を出して
山車を曳くんだから。
 
吟、東京の病院からも、熊谷の空が見えるでしょ。
アタシ、世界で一番かっこよく山車を曳いてくるよ!
 

【シーン5/うちわ祭】

■SE/セミの声(クマゼミ)〜うちわ祭の喧騒

「さあ、行くよ!」

アタシは、青い鉢巻を締め直し、山車の綱を力強く握りしめる。
額にはすでに大粒の汗が浮かんでいる。

「せーのっ!」「ワッショイ!」(※複数テイクください)

ものすごい重量の山車が、動き出す瞬間の、快感。
スクラムで相手を押し込む感覚に、ちょっと似てるかも(笑)

山車と山車がすれ違う際に、お囃子を競い合う”叩き合い”。
山車や屋台が向かい合って、お囃子を奏でる”曳っ合せ(ひっかわせ)”

火花が散るような喧騒。

さあ、もっともっと声を出していくよ!
この夏一番の笑顔で、最高の山車を曳ききってみせる。

うちわ祭最終日。

■SE/うちわ祭の喧騒〜熊谷締めの手拍子

祭の終わりを告げる”熊谷締め(くまがやじめ)”
一糸乱れぬ乾いた音が夜空に溶け込む。
3日間の熱狂が静かに幕を下ろそうとしている。

汗と埃にまみれた半纏。喉は枯れ果て、足は棒のよう。
でも、心の中は不思議なほど透き通っている。

ふう〜っ。

満ち足りたため息。

そのとき。
ふっと、熱気が引いた瞬間。
人混みの向こうに、場違いなほど真っ白なシャツが見えた。

え?嘘?
なんで?
吟・・・!
患者さん、大丈夫だったの?

吟がゆっくりと近づいてくる。
アタシは、呆然としたまま、彼を見つめていた。

吟の右手には、『雪くま』。
ご存じ熊谷名物、フワッフワのかき氷。

「おつかれさま」

そう言って手渡しながら、にっこり微笑む。

アタシはまだ事態を把握できていないのに、
反射的に雪くまを受け取る。

なにも考えずにスプーンを氷の奥に差し込んだ。

すると・・・

カチリ、と硬い感触がした。

え?

氷の中から現れたのは・・・ゆ、指輪?

周りの喧騒が遠のいていく。
お囃子の残響も、人の声も、全部フェードアウトする。

「これって・・・そういうこと?」

吟が緊張した笑顔でうなづく。

やだ、もう。
昭和のプロポーズじゃあるまいし。

と言いながら、アタシの顔はくちゃくちゃになる。
返事を待つ吟に近づき、アタシは答える。

「トライ・・・」

周りで見ていた人たちから歓声があがる。

熊谷の、一番熱い夏が終わった。
火照った身体に、雪くまの冷たさが染み渡る。

「えっ、ちょっと・・吟!なに!?」

アタシの体がふわりと宙に浮く。

「バカ!みんな見てるってば!アタシ、見た目より重いし」

ちょっと勘弁してよ。お姫様抱っこ?こんなところで。

だけどこれで、アタシの人生はノーサイド。
いま、最高に熱いキックオフを迎えたようだ。

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